大判例

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東京高等裁判所 昭和23年(わ)215号 判決 1948年11月13日

上告人 被告人 島崎巳之助

弁護人 鍜治利一

檢察官 酒井正己関與

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人鍜冶利一の上告趣意は末尾添附の上告趣意書と題する書面記載の通りであつて、これに對する当裁判所の判断は次の通りである。

第一点について

惟うに食糧管理法第三條第一項は米麦の生産者は命令の定むる所により、その生産した米麦にして命令を以て定むるものを政府に売渡すべき旨を規定している。故に同條項違反の罪は米麦の生産者が法定の除外事由がないにも拘らずその生産した米麦にして命令で定めたものを所定の期限迄に供出しないことによつて成立するのである。同條項は生産者に対する供出の割当数量が生産した米麦である事を予定しているのであるが割当数量がその年度において收穫した米麦の数量を超えるときでも生産者には前年度生産した米麦の手持があることもあつて割当数量を供出することが出來ることもあるから割当数量所定の改定のない限りは一応これを供出する義務あるものと解するが相当である。また実收高から自家消費用の保有量を控除すると割当数量に滿たなくなる場合でも割当数量を供出する義務があるのである。一旦供出しておいて後で還元米をうけて自家の消費用に充てることが出來るのである。故に前記條項違反の罪の判示には被告人が米麦の生産者であるが法定除外事由がないのに割当数量を所定の期日までにこれを供出しなかつた旨を判示すれば足りるのであつて割当数量が実收高の範囲であることや実收高が保有米を控除してもなお割当量以上である旨を判示する必要がないのである。原判示によれば被告人は米麦の生産者であるが法定の除外事由がないにも拘らず昭和二十一年度産米の被告人に對する割当数量二十八石四斗(七十一俵)の内二十四石八斗(六十二俵)を所定の期限までに政府に売渡さなかつたというのであるからこの点につき判示がなくても原判決は本罪の判示として欠くるところがない。しかし割当数量がその年度の実收高を超ゆる場合において農家が幸い前年度産米の余剩が手持としてあつて供出可能な事もあるが余剩手持米のない場合には他からこれを入手してまで供出する義務がないものと解するのが相当である。斯かる場合に実收高を超える分についてもこれを供出しなかつたという理由で犯罪の成立を認めると農家はその供出の爲に闇のルートを通じ又多くは闇値でこれを入手して供出するおそれがある。斯くの如きは公定價格を堅持し配給の統制を目的とする法の精神でなく、又かかる供出を義務づけてもこれは難きを強ゆるもので期待可能性がないものといわねばならない。今記録を檢討すると原審において被告人は昭和二十一年度の米の收穫高は六十俵に過ぎないで割当数量は実收高よりはるかに多量で供出不可能である旨を主張しているのである。もし実收高が被告人の主張する通りの数量で而も前年度の余剩手持米もなかつた場合は実收高を超える部分の不供出については被告人は責任なく犯罪の成立を阻却するものといわねばならない、故に右の様な主張のあつた場合には裁判所は須らく被告人の実收高や前年度産米の余剩手持米があつたかなどの事情につき審理し供出を期待出來るかどうかを判断すべきである。しかるに原判決は事茲に出でなかつたのは理由不備の違法があるもので破毀を免かれない。論旨は結局理由がある。上述のように原判決は既にこの点において破毀を免かれないから他の点に対する判断はこれを省略する。

原判決の前述の違法は事実の確定に影響を及ぼすべき法令の違反であるから刑事訴訟法第四百四十八條の二により原判決を破毀し事件を原裁判所に差し戻すこととする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 細谷啓次郎)

弁護人鍜冶利一上告趣意書

第一点原判決ハ其理由ニ於テ「被告人ハ千葉縣香取郡佐原町長島三百五番地テ農業ヲ営ム米麦ノ生産者テアルカ法定ノ除外事由カナイノニモ拘ラス、昭和二十一年度産米被告人ニ対スル割当数量二十八石四斗(七十一俵)ノ内二十四石八斗(六十二俵)ヲ千葉縣知事ノ指定シタ政府ニ對スル売渡期限タル同二十二年三月三十一日迄ニ売渡サナカツタモノテアル」ト判示シ食糧管理法第三條第一項違反トシテ処断シタ

シカシ生産者即チ農民ニ対シ米殼ヲ供出サセルノハ其ノ農民カ其ノ年度ニ生産シタ米殼ヲ供出セシメルノテアツテ生産シタ事実ノ無ケレハ供出スル義務モ存在シナイノハ当然テアル又農民ハ其生産シタ米ヲ自家ノ飯米ニ供シ自家消費ニ超過スル場合ニ付供出ノ義務カ存スルノテアツテ当局カ飯米トシテノ基準量ヲ定メ之ニ基イテ自家保有量ヲ算定シ共年度ノ收穫高ヨリ差引イタモノヲ供出ノ対象トスルノハ此事実ニ基クノテアル、即チ米穀ノ生産者(以下農民ト称ス)ハ其生産シタ米ヲ自家テ消費スルコトカ許サレテ居ルノテアルカラ現実ニ供出スルノハ收穫高カラ自家消費量ヲ差引イタモノテアリ、況ヤ其生産モ無イノニ生産量以上ノ数量ヲ供出スル義務ヲ生スルコトハ絶対ニ無イノテアル。

コレハ食糧管理法第三條第一項ノ「米穀……ノ生産者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ生産シタル米麦等ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ政府ニ売渡スヘシ」ト定メテ居ルノテモ明テアツテ農民ハ其生産シタ米麦等ノ内カラ自家ノ生存ニ必要ナ所定量ノ飯米ヲ差引イタモノヲ政府ニ売渡スコトヲ命セラルルニ止マリ收穫モシナイ数量ノ米穀ヲ供出即チ政府ニ売渡ス義務ハ生シナイノテアル。

本件ニ於テ上告人ハ終始昭和二十一年度ノ收穫高ハ六十俵テアルノニ八十八俵ノ供出割当ヲシテ來タコト、然ルニ右ハ上告人ノ兄ノ耕作シテ居ル一反八畝ヲモ加ヘテ二町歩耕作シタモノトシテアリ実際ニ耕作シタ一町八反二畝ノ内一町歩ハ戰時中不耕作ノ爲荒地トナツタモノ及災害地ヲ開拓シタモノテ加フルニ肥料ノ配給ハナク父ハ、病気ニ罹リ妻ハ姙娠ノ爲働キ手ハ上告人一人テ除草モ出來ナイ爲メ反当リ一俵ノ收穫カアツタニ止マリ全部テ六十俵ノ実收テアルカラ八十八俵ヲ供出スルコトハ不可能テアルト実状ヲ訴ヘタカ兄ノ耕地ヲ上告人ニ二重ニ加ヘテアル点ハ二重割当テアルカラ此分ノ割当九俵ヲ差引イテ七十九俵トシタニ止マルノテ上告人ハ六十俵ノ收穫ニ対シ七十九俵ノ供出ハ一粒ノ米ヲ食シナイトシテモ出來ナイコトテアルカラ供出カ完納出來ナカツタト云フノテアル

原審ハ割当数量ヲ七十一俵ト判示シテ居ルカ仮リニ原審ノ判示スル如シトスルモ六十俵ノ收穫ヨリ無イノニ如何ニシテ七十一俵ヲ供出スルノテアロウカ、一粒ノ米モ食サナイテモ六十俵アルニ過キナイ、上告人ハ一家八人ノ家族カ收穫シタ米テ生命ヲ繋イテイルノテアルカラ之ヲ食サネハナラナイ、之ヲ無視シテ七十一俵供出セヨト云フノハ餓死セヨト云フニ等シイノテアル。

食糧管理法ハ農民カ生産シタ米穀ヲ自家食用ニ供シ其余剩ヲ供出スルコトヲ規定シタモノテアリ即チ保有米ヲ差引イタモノカ供出ノ対象トナルノテアツテ、生産モシナイノニ供出スルコトヲ命スルモノテハナイ。

故ニ原審ハ果シテ上告人ノ生産シタ米ハ何程テアツタカヲ明カニシナケレハナラナイノハ当然テアツテ單ニ割当数量二十八石四斗(七十一俵)ノ内二十四石八斗(六十二俵)ヲ政府ニ対スル売渡期限迄ニ売渡サナカツタト判示スルタケテハ上告人ノ生産米ハ何程テアツタカハ不明テアリ従ツテ割当数量ノ七十一俵ハ上告人ノ生産米カラ保有米トシテノ数量ヲ控除シタモノテアルカ或ハ六十俵ノ実收テアルノニ七十一俵ノ供出割当ヲシタノテアルカハ知ルニ由カナイ。

上告人ノ主張スル如ク実收六十俵テアツタトスレハ之ニ對シ七十一俵ノ供出割当ヲシタノハ生産シナイ米ヲ供出セヨト云フコトテアリ同時ニ農民カ其生産米ヲ自家食用トスルコトヲ否定スルモノテアツテ右割当自体食糧管理法ニ違反シ無効テアリ斯ル無効ノ割当ヲ完了シナカツタトシテモ同法違反トハナラナイノテアル、蓋シ法ハ不可能ヲ命スルモノテハナイカラ六十俵ノ実收穫ニ対シ七十一俵ノ供出義務ヲ生シ得ナイコト言ヲ俟タナイカラテアル。

然ルニ原審カ上告人ニ於テ本件取調ヲ受ケタ当初カラ実收穫ハ六十俵テアルコトヲ主張シ來リ荒地開墾シタ一町歩ニ付テハ反当リ一俵ノ実收ニ過キナイ旨隣地農民ノ数多ノ証明書カアリ農業会技術員ノ檢見ノ結果モ同様テアツテ(三六丁乃至四一丁)之ヲ否定スル証拠ハ何処ニモ存シナイニ拘ハラス果シテ実收穫ハ何程テアツタカニ付毫モ判示スルトコロナク漫然供出割当量ヲ期日迄ニ完納シナカツタト判示スルヤ直チニ食糧管理法第三條第一項違反ナリトシタノハ同條違反ニ該当スルヤ否ヤノ前提事実ニ対スル判断ヲ遺脱シタモノテアリ理由不備ノ裁判タルヲ免カレス破毀セラルヘキモノト信スル。(他の上告論旨は省略する。)

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